No.4 1999/10/10
停止の瞬間のカックン(加加速度)

 運転の下手な人の車に同乗していると、停止のたびにカックンとショックを感じることがあります。乗り物酔いしやすい人や、体調の悪い人にとって、このショックはかなり苦痛です(しかし、運転している本人は気付きにくいものです)。一方、上手な人は、いつ停止したかわからないくらいスムーズに車を停止させます。この違いの原因はどこにあるのでしょうか。
 ブレーキをかけて減速している時、車には後ろ向きの加速度がかかっています。そのため、慣性力によって、乗っている人は前のめりの力を感じます。
 下手な人は、停止の瞬間まで同じ強さでブレーキをかけ続けます。すると、停止の瞬間に加速度が急激にゼロになります。そのため、乗っている人にかかっていた慣性力が突然ゼロになり、前のめりをこらえていた反動で体が後ろへ投げ飛ばされるように感じます。これがカックンの正体です。
 一方、上手な人は、停止の少し前からブレーキを徐々にゆるめ始め、停止の瞬間には加速度がほとんどゼロになるようにしています。そのため、乗っている人はショックをほとんど感じないのです。

 ここで、「加速度」とは何かをおさらいしておきましょう。
 停止していた自動車が発進して5秒後に速度が36km/h、すなわち10m/s(メートル毎秒)になったとします。5秒かかって速度が10m/s増えたので、この場合、自動車は(平均で)10m/s÷5秒=2m/s2(メートル毎秒毎秒)の加速度運動をしたことになります。
 ブレーキをかけた時も自動車は加速度運動をします。「減速なのに加速度とはこれいかに?」と思う人もおられるかもしれませんが、速度の変化はすべて加速度運動に含まれます。たとえば、10m/sの速度から5秒かかって停止したとすれば、(平均で)-2m/s2の加速度運動をしたことになります。

 さて、カックンの原因は加速度の急激な変化であると前に述べました。つまり、時間あたりの加速度の変化量が大きいと、乗っている人は不快に感じるといえます。この「時間あたりの加速度の変化量」を、英語では「jerk」(元々は「急な動き」の意味)といいます。日本語で何というかは、文献で確かめたわけではありませんが、私が大学時代にエレベーターメーカーの人の特別講義で聞いた記憶では、「加加速度」というようです。
 たとえば、-2m/s2の加速度を2秒かけてスムーズにゼロにしたとすれば、その時の加加速度は、2m/s2÷2秒=1m/s3(メートル毎秒毎秒毎秒)ということになります。一方、停止の瞬間まで-2m/s2の加速度が続いたとすれば、その時の加加速度は、2m/s2÷停止の瞬間のごくごく短い時間とんでもなく大きな値m/s3ということになります。

 ずいぶんむずかしそうな話に感じられたかもしれませんが、加加速度というキーワードを知っていれば、同乗者に不快感を持たせない運転の工夫に役立ちます。すなわち、加速度を急激に変化させないように運転するのがよいのです。そのこつをいくつか挙げておきましょう。

(マニュアル車の場合)

(オートマチック車の場合)

 ここで述べた加加速度を綿密に計算して動いているのが、高級な乗用エレベーターです。動き出す時には、ブレーキをはずした瞬間に急に動き出さないように、荷重に応じて事前にモーターの力でバランスをとります。そして、ブレーキをはずしてから、モーターによって徐々に加速度を増加させます。定速運動に移る時には、徐々に加速度をゼロにします。目標の階が近付いたら、徐々に逆向き加速度を増やして減速運動に移ります。そして、止まる少し前から逆向き加速度を徐々に減らして、目標位置にぴたりと達した瞬間に、速度と加速度が同時にゼロになるようにしています。
 この制御は見事なもので、今動き続けているのかと思いきや、途中の階で停止したことに、扉が開くまで気付かないこともあるくらいです。
 車を運転する時も、同乗者が目をつぶっているといつ動き出したのか、いつ止まったのかがわからないほどにスムーズに運転すれば、同乗者の疲労を軽減することができるでしょう。

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