No.112 2001/11/04
息子には虫歯がない

 私が子供の時に小学校で習った歯磨きは、ローリング法という方法でした。歯茎から歯の先へ向かって歯ブラシを回転させるようにして歯の側面の汚れを落とすという磨き方です。歯ブラシを横方向に動かす横磨きは、歯と歯の間に食べ物かすが残ってしまうからいけないと言われていました。
 私はけっこうまじめに歯磨きをしていましたが、それでも虫歯はできました。ただ、虫歯だらけで歯がぼろぼろというほどひどくはなりませんでした。

 しかし、それ以上に恐ろしい問題が私の歯にあったことに、30歳ころまで気付いていませんでした。歯茎がはれる歯周病が痛みなく進行していたのです。放置していれば、年をとったころには歯槽膿漏になって歯が抜け落ちるおそれがありました。
 そうなっていた原因は、磨いているつもりで磨けていなかったことでした。ローリング法では、歯と歯茎の境目に歯垢(食べ物かすに菌が繁殖して歯にべっとりこびり付いたもの)が残ってしまいます。それで歯茎が侵されていたのです。
 当時としては先進的だった歯科医から習ったのは、バス法というブラッシングでした。それは、私が子供の時に、いけない磨き方だと習った横磨きに近い方法です。ただ、横に大きくこするのではなく、歯と歯茎の境目に歯ブラシの毛先を当てて細かく振動させるようにして、食べ物かすや歯垢を完全に掻き落とすというやり方です。そして、歯ブラシでは取りきれない、歯と歯の間の汚れを落とすために、デンタルフロスというナイロン糸を 使う方法も習いました。
 ローリング法はだめだということのほかにも、歯磨きの常識の嘘をいろいろ教えられました。「一日3回、毎食後3分以内に3分間」というのは嘘。食べ物かすに菌が繁殖して歯垢になるには2〜3日かかるので、一日1回、寝る前に食べ物かすを完全に落とせばよい。むしろ、食べ物かすを完全に落とすには3分では足りない。15分以上は必要。歯磨き粉を付けて長時間磨くと口の中が泡だらけになってやりにくいから、付けなくてもよい。どのみち、食べ物かすや歯垢は、歯磨き粉を塗り付けるくらいでは取れず、歯ブラシで物理的に掻き落とすしかないのだから。

 バス法で磨き始めたら、炎症を起こしていた歯茎から出血しました。それは気にするなとのこと。やがて歯周炎がおさまり、歯茎が引き締まってきました。それから、虫歯の治療を徹底的に受けました。

 その後、息子が生まれた時、我が子は絶対に虫歯にさせまいと決意しました。歯がはえてからは、一日1回、バス法で丹念に磨き、歯と歯の間をデンタルフロスで掃除しました。自分で磨くようになってからも、仕上げ磨きをしてやりました。甘いお菓子やジュースは、禁止していたわけではありませんが、あまり多くは与えませんでした。
 それでも一度、乳歯の奥歯に虫歯ができて、なんたることかと思いました。しかし、それっきり虫歯はできませんでした。
 息子は今高校生です。先日、小学生の時以来行っていなかった歯科医へ久しぶりに連れて行きました。歯に長年付着していた茶渋の汚れを取ってもらうついでに点検してもらいました。歯にも歯茎にもまったく問題はないとのことでした。

 最近、日本テレビ系の「特命リサーチ200X」で、「虫歯ミュータンス菌は母親の唾液から感染する」ということを知りました。2歳までに感染しなければ、ほかの菌が口の中に縄張りを作ってしまって、虫歯ミュータンス菌が繁殖できなくなります。そういう人は、ろくに歯を磨かなくても虫歯にならないのだそうです。そういえば、私もそのような人にまれに出会ったことがあります。
 しかし、だからといって、母親が虫歯になったことがある(すなわち、口の中に虫歯ミュータンス菌がいる)以上、子供に虫歯ミュータンス菌を感染させないのは至難のわざでしょう。母親が自分の唾液を子供の口に入れないように気を付けていても、子供が母親の口に触った指をしゃぶるなどのことは十分にありえます。それもさせまいと神経質になれば、母と子のスキンシップが犠牲になりかねません。
 私の息子の場合、乳歯が一度だけ虫歯になったということは、虫歯ミュータンス菌がうつったことは間違いありません。しかし、歯科医からブラッシング指導を受けたわけでもないのに歯垢がまったく付かず、歯も歯茎も健康を保っているのは、幼児期に親が仕上げ磨きを毎日してやっていたことが功を奏して、虫歯ミュータンス菌の縄張りを抑制できたからでしょう。
 我が子は絶対に虫歯にさせまいという決意は達成されました。親の努力によって可能な、我が子への最高の贈り物ができたと思っています。

 一方、私はというと、今、2本の虫歯を治療中です。どんなに丹念に歯磨きを続けても、一度治療した歯は、内部で再び虫歯が進行することがあるのです。これはどうしようもないことなので、一生歯科検診を受け続けるしかありません。口の中に虫歯ミュータンス菌が縄張りを作ってしまった人の宿命です。

 ところで、辺見歯科医院のn@kkyさんから教えていただいたところによると、虫歯ミュータンス菌と歯周病菌とは互いに拮抗する関係にあるから、虫歯がないからといって油断しては歯周病に冒されるおそれがあるとのことです。歯磨きをしないのに虫歯にならない体質の方はご注意ください。私の息子は、歯磨きをしていますから大丈夫だと思いますが。

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